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■北軽井沢周辺温泉レポート ■温泉入門 01.温泉について 02.正しい入浴方法 03.マナーを守ろう 04.温泉に入ってはいけない人 05.泉質と効能 06.温泉のメカニズム 07.鉱泉分析法指針 08.地温は、100m毎に約3℃上昇 09.分析表 10.温泉と伝説 11.北軽井沢の温泉 12.岩盤浴とは? ■温泉データー |
10.温泉と伝説温泉には、歴史的に聖水―聖泉信仰と心身にかんする治療信仰が結びつき、そこからさまざまな伝説や伝承が生みだされました。インドの事例をあげますと、ラージャグリハ(王舎城)には釈梼も入浴したと伝える温泉が現存していますが、入浴者はかならず下着をつけて湯につかり、石鹸などを用いて身体を洗浄してはいけないしきたりになっています。温泉は心を清浄にするところであって肉体を清めるところではないとされているからです。その行為は、敬虔なヒンドゥー教徒がガンジス川で沐浴し寺院のそばの池の水で身を清めるのと同様の象徴的な意味をもっています。 日本の事例をあげますと、紀州熊野の湯ノ峰温泉は熊野もうでの巡礼が最後にたどりつくべき聖泉でした。餓鬼身の小栗判官が照手姫に伴われて湯ノ峰の湯壺に身をひたしますと、熊野権現があらわれその霊験によって5体が元通りになったという話はよく知られています。この温泉による霊験は、熊野参詣者が熊野川の水で身を清めてから本宮に参拝する儀礼行為と対応しているのでしょう。同様に東北最北端の恐山は死霊の集まる霊山とされていますが、その宇曾利山湖の周辺には強烈な臭気を発する硫黄泉が噴出し、参詣者の心身をいやす温泉場が設けられています。また出羽三山の一角を占める湯殿山でも、山頂にある神体の大石からは熱泉があふれ、登拝者は裸足をひたして心身のよみがえりを祈ります。一般に日本には禊祓の伝統があり、それによって罪やけがれを払うとする観念がありましたが、温泉による蘇生の観念もそのような伝承と結びつき、特に治病効果が強く期待されたのです。 『出雲国風土記』には、出雲の国造が朝廷に賀詞を奏上するため出発するにさいして温泉で湯あみをしたことを伝え、『日本書紀』では有馬、伊予、牟漏などの温泉の名をあげています。新嘗祭や大嘗祭において天皇が廻立殿で湯あみをするならわしでした。神と共痢共寝するこの宮廷儀礼では、天皇は湯に入ることによって禊祓をし新たな心身状態へのよみがえりを準備しなければなりませんでした。『日本書紀』『万葉集』『続日本紀』によると欽明、舒明、斉明、天智、天武、持統などの天皇がそれらの温泉地に行幸したといいます。 また、各地の温泉が鳥獣、高僧、英雄、神仏などによって発見されたとする話も多いです。熊の湯、鷺の湯など、静岡県の伊東は猪、長野県の野沢は熊、岐阜県の平湯は猿、山形県の湯田川や佐賀県の武雄は白鷺によって発見されたといわれます。また吾妻、修善寺などが空海によって、草津、山中、東山などが行基によって、五色、伊豆山などが役行者によって、飯野、別府、湯沢が日本武尊によって発見されたといいます。 |
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